×
MENU
検索
お問い合わせ
ホーム > ニュース > コラム > 【特別企画】元Jリーガー國吉貴博が歩む第2の人生 

ピックアップ

【特別企画】元Jリーガー國吉貴博が歩む第2の人生 

第1章 プロサッカー選手から育成年代のコンディション管理を支える営業マンへ

2018年6月、11年間プロサッカー選手として活躍していた國吉貴博がCLIMB Factoryに入社。高校サッカー界で名門といわれる静岡学園高校を卒業しプロの道に進んだ國吉が、11年間のキャリアの中で感じてきたコンディション管理の重要性。今回は3章に分け、「元Jリーガー國吉貴博が歩む第2の人生」と題し特集記事を配信します。

第1章では、國吉自身の過去を振り返ります。高校部活動時代の過ごし方や、プロのキャリアで培った知識やノウハウを語ります。また、母校である静岡学園高校での『Atleta』導入に対する思いと、川口修監督のインタビューもお届けします。

<プロフィール>
國吉貴博(くによし たかひろ)1988年生まれ。埼玉県出身。
静岡学園高校卒業後、2007年に当時J1のヴァンフォーレ甲府に入団。4年間甲府でプレーした後、2011年サガン鳥栖に期限付き移籍。翌年より同チームに完全移籍した。2012年8月カターレ富山へ期限付き移籍をし、2013年からは完全移籍。2017年までの5年間富山でプレーをし、2018年4月、11年間の現役生活に幕を閉じた。Jリーグ通算196試合出場、11得点。

―― まずは國吉さんご自身のお話から聞いていきたいと思います。サッカーを始めたきっかけと、名門静岡学園高校に進学するに至った経緯を教えて下さい。

兄が小学1年生からサッカーを習い始めて、その送り迎えで両親にくっついて行き、そこでボールを蹴り始めたのが最初ですね。自分が習い事としてサッカーを始めたのは小学校1年生からで、初めは少年団でしたがやがて両親の勧めで少し離れた場所で活動するクラブチームに通い始めました。

中学校の頃から、プロサッカー選手になりたいと漠然と思うようになりました。なりたければなれると思っていました(笑)。しかし栃木県内に留まっていたら難しいと思い、両親の勧めで静岡学園と鹿島アントラーズユースのセレクションを受けることになり、結果静岡学園高校にスポーツ特待で進学することができました。

―― 念願の静岡学園での活動がスタートしたわけですが、最初からレギュラーとして活躍されていたのでしょうか。

1年生の4月からAチームの試合に途中出場したりなどはしていました。初めのうちはとにかく試合に出たい気持ち一心で、毎日がむしゃらにただただ練習に打ち込んでいました。練習以外の食事や体のケアなど、自身のコンディションについては全く意識していませんでした。その結果、1年時の後半に肉離れを起こしメンバーから離脱してしまいました。当時は本当に何もわかっていなかったなと今になって思います。なぜコンディションもパフォーマンスも上がってこないのかわからないまま時間だけが過ぎてしまいました。結局またスタメン出場できるようになったのは、3年生になってからでしたね。

―― しばらくの間辛い時期を過ごしたのですね。3年生になってスタメン出場できるようになったきっかけは何かあったのでしょうか。何か自分を変えたアドバイスをもらったりしたのですか。

ちょうど2年生の時に、当時ガンバ大阪ユースの指導者だった方が静岡学園に外部コーチとして来られました。コーチが来て下さってから、“コンディション管理”というものがどれだけ大切なものということを一から教わりました。肉離れを起こしてからいくら練習を 頑張っても結果が出ずにくすぶっていたので、とにかくやれることは全てやろうという 気持ちで、コーチからのアドバイスを受け様々なことを試してみました。全てできることをやってそれでも駄目なら、それが自分の実力なのだから仕方ないと諦めがつくと思ったので。 コーチから受けた指導は、初歩的なことで言うとトレーニング後はプロテインを摂取すること、活動日は交代浴をして次の日に疲労を残さないことなどがありました。トレーニング・栄養・休養のバランスをきちんと保つことで大事な時にパフォーマンスのピークをもってくる、これこそがコンディショニングなのだとその時初めて学びましたね。地道にコツコツそれらに取り組んだ結果、2年時の選手権予選でスタメン起用してもらうことができ、上級生の引退を機に安定的な出場機会を得られるようになりました。

―― そんな苦労があったとは…地道にコツコツと継続した結果が、3年時の選手権静岡県予選では、大会史上初となるMVP、得点王、アシスト王、ベストイレブンを独占という結果に繋がったのですね。最上級生になってから安定的に試合に出られるようになったということですが、そこからプロになるまでの経緯を教えて下さい。

大学進学かプロへの道か迷っていたのですが、プロに行きたい旨を当時の監督に伝えました。幸いその年にも選手権出場が決まっていたので、そこで最後のアピールをするつもりで臨みました。そして選手権敗退したその日の夜に、当時ヴァンフォーレ甲府にいらっしゃった大木さんからご連絡をいただき、プロ行きが決まりました。

―― 選手権というラストチャンスで自らのプレーでプロへの道を切り開いたわけですね。プロの世界に入って、ご自身で一番変わったなと思う部分はどこでしょうか。

身体のケアの仕方についてはより質の高いものを取り入れられるようになりました。例えば、足の筋肉の張りをほぐすためのマッサージ一つとっても、やはり自己流でやるよりも専門知識のある方から教わった方法のほうが、実感できる効果がはるかに高かったですね。 それから、メンタル面での変化は大きいと思います。高校は大会ごとに期間が空きますよね。なので、無意識に精神的に気持ちをリラックスさせる時間を作ることができます。でも、プロは一年を通してベストコンディションを維持しなければなりません。そこが最も大きな違いで、難しい部分でした。一年間試合に出続けて、活躍し続けること。僕の場合は慣れるまでに、5~6年はかかりました。オフシーズンは約1ヶ月あるのですが、身体を休めることと翌シーズンに向けての準備と両方あるので、その辺のバランスをとるのが難しいです。プロに入ってから初めてやろうと思っても、そう簡単にうまくいくものではなく、せっかくプロになってもすぐに衰退していってしまう選手も多く見てきました。だからこそ、育成年代のうちから年間を通した“コンディショニング”には取り組むべきだと思いますし、それが選手人生の長さを左右すると言っても過言ではありません。

―― 確かにそれはすごく大事なことですね。日によってコンディションに大きなバラつきがあると、パフォーマンスにおける信頼性も低くなってしまい出場機会が減りますよね。

今20代前半でJ2・J3にいる選手は、正直そこまで考えられていないのではないでしょうか。一時的にブレイクしても、その後名前を聞かなくなってしまう選手が多いのはそういうところかなと。先日の代表戦にFWとして出場していた中島翔哉とは、1年間だけカターレ富山で一緒にプレーをしていました。当時彼はまだ二十歳でしたが、コンディション管理には人一倍意識が高かったです。だからこそ今、日本代表として活躍できているし、この先もこのまま生き残っていくと思います。自分の調子が良い時だけ活躍できるのは当たり前なんですよね。そういう時は周りも良いと思った方がいい。良い時もあれば悪い時もあるとは思いますが、その幅をなるべく小さくすることが大切です。そのためには、常日頃から土台作りを抜かりしなくてはいけません。育成年代のうちに自分のコンディション管理がしっかりできているかいないかで、その後の選手としての価値はどんどん差が出ると言っても過言ではありません。

―― 現役引退後の道は、いつ頃から考えるようになったのでしょうか。また実際にカターレ富山の退団が決まった後は、どのような就職活動をされていたのでしょうか。

一緒にプレーしていた選手たちが引退していく姿を見て、ぼんやり考え始めましたね。カターレ富山を退団する時は、現役引退は考えておらずもう少しプレーしてから引退しようと思っていたんです。退団してすぐは、地元栃木で指導者の手伝いをさせて頂いていました。その中で、これから指導者を続けていくにしても自分自身がもっと多くの経験を積まなければいい指導が出来ないのではないかと考えました。そこで一般社会に飛び込んでみようと決心しました。
CLIMB Factoryとの出会いは、カターレ時代の人の繋がりで紹介されたことがきっかけでした。自身の経験を最大限活かせるスポーツ関係であること、その中でも現場ではなく少し離れた視点から指導者や選手のサポートが出来ること、今の自分にとっては様々なスポーツ現場を見て感じることで将来に繋がるだろうと感じたこと。これらの理由から強く興味を持ち、面接を受けてみようと思いました。

―― 2018年6月から、ついにCLIMB Factoryの1営業マンとして、『Atleta』を通してコンディション管理の重要性を高校部活動中心に伝え始めましたが、早速母校である静岡学園高校で導入となりました。どのような想いで母校へ提案されたのでしょうか。そして今後選手たちにはどのような想いをもって部活動に取り組んでもらいたいですか。

まず本気で努力すること。サッカーも、練習だけではなく私生活でも本気になって出来る限りの努力をしてみること。まずやれることは本気でやってみる。本気で取り組んでいる人にはプラスになることが多く起きるのです。たとえその時すぐに結果が出なくても、その本気の努力は必ず報われます。本気で努力するって当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが、自分自身を見つめ直すとまだまだできることがあると気づくはずです。
例えば、試合で思ったようなパフォーマンスが出せなかった時や負けてしまった時にいかに人のせいにせずに自分に目を向けられるか。それって非常にすごく大事なことだと思うんです。自分が日頃からどのように取り組んでいるのか、生活の部分からもっと出来ることがあったのではないかなど自己分析を繰り返すことが自分の可能性を広げ、人間力(精神的な成長)に繋がると思うので。『Atleta』を通して日々の取り組みを振り返り、自分の状態を知ることで、目指すものに対して自分がどう行動していくのかが明確になります。コンディション管理も大事ですが人として成長していくこと。僕たちは、そのきっかけ作りのお手伝いができると思っています。進路に関してもそれぞれ目指すものがあるとは思いますが、共通して言えることは、自分自身が目標に対して何をすべきか考え行動を起こすこと。このベースがあればどんな道に進んでも大丈夫だと思います。

―― 今後の仕事の抱負を教えて下さい。

スポーツを通して得られる学びや価値というものをもっと広めたいですね。競技力はもちろん大事ですが人生という長い目で見た時に、自分がやっていた競技から人として何を得られたのか、スポーツを通して努力することや継続すること、人の繋がりを大切にすることなど、選手や指導者が一生残るような財産を作れるようにサポートできればいいなと考えています。そのうえで、日本の選手たちが世界で活躍し、スポーツの在り方や価値を更に高めていければいいなと思っています。

◆川口修監督へのインタビュー

―― まずは、Atleta導入を決めた理由を教えて下さい。

静岡学園サッカー部OBである國吉(ヴァンフォーレ甲府、サガン鳥栖でプレー)さんから「こうゆうアプリがあるのですが?」と紹介を受け興味を持ちました。選手自身の意識付けとして、選手及びチームにとってプラスになると考えました。寮生活をしている選手が多く、特に食事の部分でサッカー選手としての食事が十分ではないと思っています。食事の重要性をもっと選手自身が考え、興味を持ち目標達成のため、食事の改善(プラスアルファ)を実施したいと考えています。

―― 選手たちの意識付けと、特に不足していると感じていた食事の改善に役立てたいとお考えなのですね。導入をきっかけに、選手達にはどのようなことを期待しますか。

今までコンディショニングや食事面であまり考えてこなかった選手は多いと思います。今回アプリを導入するにあたって、目標達成のために今足りていない部分であったり、今やらなければいけない事など、選手自身で管理し「自己知」することで、実戦で最高のパフォーマンスを発揮してもらいたいと思います。自己分析、自己管理をユース年代から実施していくことが今後の自己発展、成長につながると思います。

―― 進路はそれぞれ違うにしろ、この年代で自己管理能力を養うということに、重要性を感じているのですね。監督として、今後はどのような想いでコンディション管理に取り組んでいきたいですか。

まず、選手が今の自分自身を知ることが大切です。例えばコンディションの所で、体調が良い時・悪い時などはどのような時か?食事、睡眠等の生活習慣について自分自身で把握し、それを毎日実践することで自分の体調面等で調子の良い時はどういう状態で、悪い時はどういう状態なのか、何をすれば良い状態に持っていけるのか、まで考えられるようにしていきたいですね。毎日のトレーニングや日常生活に対する意識を変えていきたいです。

―― トレーニングのみならず、日常生活における意識改善も大切ですよね。今後チームとしてはどのような部分を強化していきたいですか。

選手はそれぞれ目標があり、目標達成のため今何をしなければいけないのか自分自身で考え、誰よりも努力し、目標に少しでも近づかなければいけません。特に強化したい所はマインドの部分。マインドが変われば行動が変わってくるため、日々の日常生活からトレーニングまで毎日を大切にし、本気のマインドで自分の目標を達成出来るよう努力してもらいたいです。

★最後までお読みいただきありがとうございます。もしよろしければ、アンケートにご協力下さい。
下記アイコンからアンケートフォームに遷移します。



◎サービスについて詳しく知りたい方はこちらからお気軽にお問い合わせ下さい!