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2025.08.15

「優勝するぞ」とは言わない。 心と体に“余裕”を残す、日本一チームの育成論(後編)

【活用事例】#59 陸上競技 日本郵政グループ

目次

創部から10年あまりで実績を積み重ねてきた日本郵政女子陸上部。
後編では、勝ちにこだわりすぎない強さの秘密、チーム運営の独自性、地域貢献への取り組みなど、さらなる魅力に迫ります。
引き続き、ぜひお楽しみください。

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前編はこちらから
「郵便」と「駅伝」は、想いをつなぐ。 強さの原点にある、チームと指導者の信頼関係(前編)
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4度の栄冠。“勝つ”ために、勝ちにこだわらなかった

強さに繋がるよう、意識していることや力を入れていることはありますか。

創部2年目の2015年以降、クイーンズ駅伝に10度出場し、これまで4度優勝を果たしていますが、勝てると思って勝てた駅伝はおそらく2020年に優勝した時の1度だけだったように思います。
実は私自身は駅伝前にはあえて「優勝するぞ!」という雰囲気を出さないよう意識しています。虎視眈々と優勝を狙いつつ、選手たちには「ベストを尽くそう」とか、「去年を上回ろう」とか、そんなレベルに留めておく。レースが近づき、チームの状態が上がってくるとが選手もなんとなくわかってくるので、むしろ選手たちには優勝を意識させすぎて、レース前に余分なエネルギーを使わせないよう配慮しています。
avatar 髙橋監督

今日お話させていただくまではトップレベルの実業団ということもあって、練習や雰囲気も厳しい想像をしていましたが、かなり和やかな雰囲気でだいぶ想像とは異なりました。

うちのチームが短い期間に飛躍した大きな理由としては、やはり才能ある選手がたくさん入ってきてくれたことですね。創部1期生の鈴木亜由子は、ユニバーシアードで金メダルを取った経験もある選手でしたが、そんな彼女が創部したてのチームにいきなり入ってきてくれたことで、チームの知名度がいっきに高まった。その後は鈴木に憧れる選手が入ってきてくれるようになって、チームに好循環が生まれたのだと思います。やっぱり優秀な選手に恵まれたことはチームが飛躍していく上での大きな要因になったと思います。
avatar 髙橋監督

身近に世界で戦うハイレベルな選手がいるのは、選手にとって非常に魅力的ですね。

実は創部準備をしていた期間に、大学駅伝日本一のチームや全国高校駅伝に出場経験のあるチームの学生さんににアンケート調査をさせてもらったことがありました。主な質問は、『あなたが複数の実業団チームからスカウトされたとしたら、どんな条件でチームを選びますか?』というような内容でした。結果、一番多い回答が『指導者の指導力』でした。その次が高校生の場合は、『日本代表選手がいること、駅伝の強いチームであること』。チームの競技レベルを見ていたんです。
avatar 髙橋監督

高校生は指導力やチームの強さを重視されるのですね。大学生の場合は、また違った傾向があるのでしょうか?

大学生はと言うと、一番はやはり『指導者の指導力』。しかし二番目は高校生と異なり『会社の信頼性やブランド力が高いこと』でした。つまりチームのレベルよりも会社に興味を示していたわけです。この回答から、私は高校生の有力選手に声をかけてもチーム実績のない今は来てくれないだろうと考えました。ならば会社のことを見ていて、ある意味就職の手段としてチームを選んでくれる大学生を勧誘した方がある程度優秀な選手が獲得できるかもしれないと考え、大学生の勧誘に積極的に動きました。
avatar 髙橋監督

なるほど、選手にとって会社のイメージは大きいのですね。

当時の私は指導者としての知名度があったわけでもありませんし、できたてのチームではチーム実績もないわけですから、良い選手を獲得するには、我々の強みである日本郵政のブランド力を生かして大学生を中心に攻めるしかないと思ったわけです。
そんな中でチームの門を叩いてくれた大卒の鈴木を始めとする選手たちの存在は本当にありがたかったです。
avatar 髙橋監督
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実業団で伸びるのは心と身体の余裕がある選手

実業団の視点で、どんな選手に来て欲しい、もしくは学生時代にこんな生活や経験をしておいて欲しいなどありますか。

スカウティングする際はどうしても記録に目が行きがちです。それにプラスして、その選手の記録がどのようにして出たのかなど、背景を見るようにしていて、その意味で、練習をしすぎていないか、気持ちが疲れてないかといった、身体と心の余裕度を重視しています。実業団に来てからも伸びる選手というのは、学生時代に目一杯やり切ってなく、心身ともに余裕を残している選手が多いです。あと食事をバランスよくとっていることも重要です。鈴木は実家がお米屋さんなので、大学時代も自炊しながらしっかりご飯を食べていたようです
avatar 髙橋監督

心の余裕や、競技に対して燃え尽きていない、ということですね。

競技に対する意欲が落ちていないことはとても大事です。実業団に入ったけど『じつはあまり走るのが好きじゃないんです』みたいな選手は、あと少しのところで一踏ん張りが効かないことが多くて、伸びてこない。逆に心の余裕があれば、練習にも前向きで、やったことがどんどん身になっていく。一方でやる気があっても身体がついてこれないケースがあることも事実です。練習意欲も高く、走ることも好きなのにすぐに疲労骨折を起こしてしまう選手も残念ながら長距離には少なからずいます。ジュニア期にはやはり心と身体の両面で余裕があるかどうかがキーポイントになると思います。
avatar 髙橋監督

記録にはこだわるが無理をしてはいけないのですね。

学生時代から一生懸命に頑張ってきて、競技レベルが高い選手であれば、周囲からも相当期待されてきているはずですし、自分自身も楽しいはずです。おのずと「頑張りすぎてしまう環境」にあるようにおもいます。長い間実業団の門を叩いてくる選手たちをみてきて、正直なところジュニア期にはあまり専門的な練習を行わず、疲労がたまりすぎるまでやり過ぎないで欲しいという思いはあります。まだまだ頑張れる、くらいの感覚で続ける方が将来は伸びていけるはずです。
avatar 髙橋監督

スポーツ&コミュニケーション部による地域貢献の実現

実業団チームとして社会的もしくは地域的な活動を多くされていると思いますが、ご紹介いただけますか。

2年前にスポーツ&コミュニケーション部という部署ができました。

どのような部署かというと、まずは女子陸上部の運営、そして選手のセカンドキャリアについて調整をしています。具体的には陸上部の予算調整やホームページ、SNS関係の調整、応援団関係の調整を行ってくれています。またセカンドキャリアについては、OG選手に協力してもらいランニング教室を開催したり、毎年3月に愛知県豊橋市で鈴木亜由子杯穂の国豊橋ハーフマラソンという5000人規模のハーフマラソンがあるのですが、そのサポートも行っています。

二つ目は社員の健康づくりに取り組んでいます。例えば社員運動会等を企画したり、本社内でグループ内の垣根を超えたランニング練習会を定期的に開催したりして、好評を得ています。
avatar 髙橋監督

選手にとっても大切な経験になりそうです。

そして三つ目は、昨今問題になっている部活動の指導者不足について、全国2万4000局程の郵便局のネットワークを拠点に、郵便局員が各地域の子たちを指導できるような仕組み作りを行っています。郵便局のネットワークでスポーツによって地域を元気にする取り組みです。
また、かんぽ生命のラジオ体操をよりポップにした”MEKIMEKI体操”という体操をももいろクローバーZさんたちと一緒につくり、地域の健康つくりの場で積極的に広めています。
avatar 髙橋監督

実業団のチームって単純に競技で結果を出す、いわゆるスポーツチームとしての活動をされている印象でしたが、幅広い活動を通して地域貢献をされているのですね。素晴らしい取組みです。

ありがとうございます。女子陸上部の選手もスタッフもスポーツ&コミュニケーション部に所属していて、競技活動の合間にイベント等に協力しているのですが、業務のメインは20名以上在籍する部員の方々のおかげで実現できています。
avatar 髙橋監督

世間から注目されて、一緒に喜んでもらえるようなチームを作っていきたい

創部から12シーズン目を迎えましたが、今後の日本郵政女子陸上部はどこを目指していきますか。

理想を言えば、チームとしては毎年駅伝の優勝争いをし、個人としては毎回オリンピックなどの世界大会の代表選手を出すことです。そしていずれはオリンピック等の世界大会でメダルを獲得するような選手を輩出できたらと思っています。ただそれは簡単なことではありませんし、いろんな条件が揃わないと実現できないことだと思っています。

ただ、大きな目標こそありますが、まずは応援してくださる方々と一緒に喜べるようなトップチームを作り、維持していくことだと思っています。
あとは、私もこのチームで12年間指導し、還暦も過ぎましたので、これからは齋藤ヘッドコーチを始めとする他のスタッフに指導のノウハウを少しずつ引き継ぎながら、さらに良いチームを作っていってもらうことが目標です。
avatar 髙橋監督

ありがとうございます。今後の主力としてバトンを渡された齋藤さん、いかがでしょうか。

企業スポーツとして駅伝はとても発信力があるので、そこを目指している選手は多いです。今は15名の選手がいますが、その中から世界で戦える選手はほんの一握りで、多くの選手はそこまでは届かない選手たちです。それでも、それぞれの選手たちのモチベーションを上げて個々の目標達成へと導くことが我々の役割だと思っています。

髙橋監督が築いてきてくれたこのチームでこれからも選手たちをしっかりとサポートし、チーム力の向上と選手一人ひとりの目標の実現に結びつくような、そんな良い循環を築いていきたいと思います。
avatar 齋藤HC
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日本郵政グループ 女子陸上競技部(にっぽんゆうせいぐるーぷ)
髙橋 昌彦 監督
齋藤 由貴 ヘッドコーチ

<チームの情報>2025年6月現在
メンバー:16名
管理者:10名
Atleta導入時期:2018年10月

<チームの主な成績>
クイーンズ駅伝:初出場の2015年以降、2024年まで10年連続出場。
2016年、2019年、2020年、2024年と計4度の優勝を達成。