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2025.08.26

選手の変化を記録から捉え、対話と指導につなげる。「感覚だけに頼らない」選手の支え方

【活用事例】#60 陸上競技 第一生命グループ

目次

Atletaに記録された一つひとつのデータが、“コミュニケーションのきっかけ”になる。
第一生命グループ女子陸上競技部では、選手の変化を記録から捉え、対話と指導をつなげる仕組みが根づいています。

「自律と挑戦、最後は信じる」をスローガンに掲げる選手たちと、彼女たちを支える早瀬監督。

競技力だけでなく、人間性の成長まで見据えたチームづくりの真髄に迫ります。

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記録の推移がコミュニケーションのきっかけに

Atletaを導入された背景から教えて下さい。

私自身、日本郵政グループ女子陸上競技部に所属していた頃から使っていたのですが、実業団はチームが海外や全国に分かれて合宿することが多く、選手の状態をリアルタイムで把握する手段がどうしても必要になります。Atletaだと、夜までに記録してもらえれば、どこにいてもその日のうちに全員の状態が分かる点がとても便利だと感じていたので利用を続けています。
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コンディション記録において意識されている点はありますか。

うちでは、痛みを5段階で自己申告してもらってレベルに応じて会話したり練習の調整をしています。朝練習の段階でアプローチできているので、これが故障の予防に繋がっていると感じています。

選手によっては自身の痛みの情報って指導者に直接伝えづらいと思うのですが、Atletaからだと伝えやすいと思いますし、実は私自身も学生時代はそうだったので、その気持ちはよく分かります。選手って無理しても頑張ろうと思っちゃいますからね。だからこそ練習前から状態を把握できて会話ができる点に私はとても助けられています。
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天気や尿比重などかなり細かいデータまで記録されている印象があります。どのように活用されているのでしょうか。

例えば高地でのトレーニング中の選手は脱水や血中酸素飽和度の管理が重要になりますので、尿比重やSpO2(酸素飽和度)を参考に脱水や身体にどれだけ酸素を取り込めているかを確認しながら取り組んでいます。
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なるほど、高地では脱水と酸素取り込みの管理が鍵なんですね。

また、サプリメントの摂取状況や服薬内容も必ず記録するようにしています。指導者として選手が何を摂取接種しているのかは知っておくべき情報なので、例えば痛み止めを服用している選手がいれば、そのタイミングを知っておくことが重要です。
飲んだうえで痛みがないのか、そもそも痛みがないのかで判断は大きく変わりますから。こうした記録から「痛み止めを飲んでいるけど、どうしたの?」といった対話のきっかけにもなるので、数値によるデータ以上に得られるものがあると思います。
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Atletaで走行距離についても、かなり細かく管理されていますね。

練習メニューを作る上で週間走行距離は気にするようにしていて、特に故障から復帰した選手は走行距離をいきなり増やすと再度故障するリスクが大きいので、週ごとのボリュームを確認しながら段階的に走行距離や強度を増やしていくようにしています。
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それらのAtletaに蓄積したデータをもとに分析なども行っていますか。

Atletaに記録されたデータをすべてExcelに転記して、長期的な変化を追えるようにしています。SpO2が低い時はやっぱりパフォーマンスも落ちがちですし、高地に行った時に値が急に下がる選手もいます。そのような選手は疲労が出ていると判断して、トレーニング量を調整するコミュニケーションを取るようにしています。
体重についても急に落ちる選手や一定の基準を下回る選手がいたら食事の見直しを促す声かけをします。記録の推移がコミュニケーションのきっかけに繋がっています。
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「こういう記録の仕方や取り組みをしている選手は成長するな」と感じるエピソードはありますか。

細かく正直に書いてくれる選手の方が指導者側との認識の乖離が少なくなるので、的確な指導ができて、結果的に伸びる印象はあります。
私も普段から選手が登録したデータを見ながらメニューを作成したり実績を整理したりしているのですが、例えば「今日はきつかった」「余裕があった」といった主観的な感覚も一緒に記録してくれていると、こちらも選手の状態がイメージしやすくなるので、合宿で離れていたり、別拠点で練習している選手にも的確な指導ができます。
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記録の具体性が、そのまま指導の質にも直結するということですね。

一方で、何も書いていない選手だと情報ゼロから話を始めなきゃいけない。それって結構難しく、時間もかかりますし、選手にとっても遠回りになってしまう。何も情報がなければ、「どうだった?」と聞くことしかできないので、そうすると選手も答えにくいでしょうし、核心に届かないことがあるんです。
選手全員を一度に見ることはできませんから、私からも的確な発信をするためにもAtletaの記録が重要です。
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”自律と挑戦、最後は信じる”

今年のチームの中で大切にしていることや目標があれば教えてください。

チームでは、毎年選手たちが話し合ってその年のスローガンを決めています。今年のスローガンは『自律と挑戦、最後は信じる』です。これは、練習や生活の中で自分自身の目標に向かって自律的に行動すること、レースでの挑戦や新しいことへの挑戦を恐れないこと、そして最後は自分と仲間、目標を信じてやり抜こうという思いが込められています。これは競技だけではなくて、人生ってチャレンジの連続ですし、私自身も「陸上がすべて」だとは思っていません。むしろ、だからこそこの仕事を選んだ以上はとことん突き詰めて、日本一、世界一を目指して全力を尽くしたいと思っています。でも、選手にとっては引退後の人生の方が長いですから、若いうちにいろんな経験をして、自分の可能性を広げておいてほしいです。
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競技を超えて、人生を見据えたメッセージが込められているんですね。

もちろん、レースで結果を出すことも大切ですが、失敗を“失敗”と捉えるか、“経験”と捉えるかで、その後の人生は大きく変わってくると思うんです。大きな試合ではしっかり準備しますが、うまくいかなかった時にどう受け止めるか、それを「糧」にできるような力を日常のなかで養っていってほしいです。
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新しいことへの挑戦というと、noteを通じた発信も印象的ですね。

noteを始めたのは、もっと選手たちの人となりやチームの温度感を外に伝えたかったからです。もちろん競技を通して「かっこいい姿」を見せることも大事ですけど、それ以上に、「坂道が嫌だ」とか、ちょっとした日常のつぶやきとか、そういう選手の素の部分を見せることで共感を呼んで応援してもらえるチームになるんじゃないかなと思いやっています。
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noteを読んでいると、選手と指導者との距離感も見えてきて、とても雰囲気の良いチームだと感じます。

実業団では、監督というのは“決定権を持つ代表者”なだけであって、“立場が上”というわけではないと思っています。だから私は、選手には「早瀬監督」ではなく「早瀬さん」と呼んでもらっていますし、お互いに敬意を持って、Win-Winの関係でいることがチームづくりには大事だと考えています。すごく良い選手たちが集まってくれているので、普段はワイワイと騒いだりしていても、やる時はしっかり集中する。その切り替えができるのは、チーム全体が「信頼」で繋がっているからだと思います。
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選手主体の時代へ。実業団スカウトの目に映る未来のスターたちとは?

実業団を目指す学生にとって、「どういう選手が求められているのか」はとても気になるところだと思いますが、指導者視点でどう思いますか。

「夢を持っていること」が重要だと思っています。「日本代表になりたい」「もっと強くなりたい」といった強い気持ちがあるかどうか。あとは「素直であること」ですね。今までのやり方を捨ててでも、成長しようとできる柔軟性があるかどうか。変化を受け入れてしっかり挑戦できる子は長く活躍できると思います。
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高校・大学の指導者の皆さんに伝えたいことがあればお願いします。

「自分で考える力を持った選手」を育てていただけたら嬉しいです。昔は「右向け右」のような指導が主流でしたが、今は変わってきています。実業団では、すべてを指示される環境ではありませんから、「なぜこの練習をやるのか」「どうしてこの調整なのか」を理解して考えて動ける力が必要です。
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“ただ言われた通りやる”っていう時代ではなくなってきましたよね。

最近は、選手主体で練習の声掛けや行動をしたり、ミーティングをする高校や大学も多くなっていて、私自身スカウトで全国を回っていて驚かされることも多いです。本当に感心しますし、逆に私にとっても勉強になっていますので、そういったチームが増えてもらえれば嬉しいです。
実業団は競技人生の集大成であるとともに、次への挑戦が続くステージでもあります。だからこそ、窮屈にならずのびのびと自分の競技人生を歩めるよう、自分で考え、行動できる選手が増えてほしいです。
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学生時代の学びや経験が、実業団でも、そしてその先の人生にもつながっていく。 そう実感できるチームや選手が、これからもっと増えてくれたら嬉しいですね。 本日は、ありがとうございました!

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第一生命グループ 女子陸上競技部
早瀬 浩二(はやせ・こうじ)監督

<チームの情報>2025年7月現在
メンバー:11名
管理者:7名
Atleta導入時期:2020年4月

<チームの主な成績>
駅伝
全日本実業団対抗女子駅伝競走大会
2002年優勝、2011年優勝
2022年8位、2023年6位、2024年7位

オリンピック
ロンドン大会 女子マラソン代表 尾崎好美
リオ・デジャネイロ大会 女子5000m代表 上原美幸、女子マラソン代表 田中智美
パリ大会 女子10000m代表 小海遥、女子マラソン代表 鈴木優花