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2022.12.23

トップアスリートのコンディショニングとは。現代でのスポーツ医科学の活かし方。

【活用事例】#46 専修大学 文学部ジャーナリズム学科 齋藤 実氏

目次

いきなりですが、みなさんは『コンディション』と『コンディショニング』の違いを説明できますか?今回お話を伺ったのはさまざまな論文や講演をされ、トレーナーとしても活動されている専修大学の齋藤実先生です。コンディションを医科学的に30年以上研究され、現在も学生向けに『Atleta』を活用しながら、分かってきたこと。アスリートが意識すべき『コンディショニング』とは。大学の講義に相当するハイレベルで質の高いお話をお届けします。

一番理想的なのは選手自身が自立してコンデショニングを行うこと

まずは、齋藤先生のこれまでの経歴を教えてください。

小学校から剣道をやっており、大学時代にケガをしたことをきっかけにスポーツ医学系に興味を持ち勉強を始めました。30年ほど前ですが、武道の中で少しずつ医科学的なことが取り入れられ始めた頃で、剣道も続けながら医科学的なサポートをする学生チームを作りました。その後大学院に進学し、茨城県立医療大学理学療法学科の助手として運動学実習のサポートや、茨城県の剣道の国体チームのトレーナーをしました。のちに大妻女子大学の人間生活科学研究所の助手として勤務していた時に縁があり、剣道の世界選手権大会の日本代表チームの講習会の講師として呼ばれました。講義だけの予定が、そのまま日本初代表チームのコンディショニングを担当する人物として、第12回世界剣道選手権に帯同することになりました。そこから今まで、日本代表チームの強化に関わっています。
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様々な経験を経て代表チームに帯同してきているのですね。代表チームの強化に関わってきた中で感じることなどありますか。

陸上選手は脚をケガしたら記録は出せないですが、剣道は我慢すればできちゃうので、『ケガが少ない競技』と思われていました。剣道は長く続けられる生涯スポーツでもあるので、スポーツ科学の支援が必要だと思いました。
日本代表チームでの活動は、剣道にスポーツ医科学支援の普及・啓発をすすめる上で説得力があり、そこでの経験や感じたことを雑誌の連載や書籍の出版、講演会で発信するなど積極的にやらせてもらっています。
トレーナーやコンデショニングコーチがチームにいる環境は素晴らしいですが、選手自身が自立してコンディショニングを実践できる能力を持つことがより理想的だと考えています。そのための教材を開発したり、方法を確立して現場に落とし込むことが今の自分の役割の一つと思っています。
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『コンディション』と『コンデショニング』の区別がついていない

「選手自身が自主的にコンディショニングをしてほしい」、我々も同じ思想を持っていますが難しいなと感じています。育成年代にはどのようなアプローチが必要だと思いますか。

まず、『コンディション』と『コンデショニング』の区別がついていないと思っています。本大学のアスリート向け授業では、まずそこをしっかり理解してもらいます。そして、理解をした上で本人が『気づく』という作業が必要だと思っています。
例えば、「今日のコンディションどうですか?」の質問になんと答えますか?
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えーと…今日のコンディションはバッチリ!?ですかね。

では、それは1〜5段階だとどのくらいですか?
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『4』ですね。

ところで昨日はどうですか?
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昨日も…『4』くらいですね。

じゃあその前の日は?その更に前は?…と、このように聞いていくと、必ずどこかで分からなくなりますよね。でもこれを毎日記録することでグラフになると視覚的に確認できるようになります。

では次の質問ですが、「今日のコンディショニングはどうですか?」
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えーと…ん?なんて言えばいいんですかね。回答難しいですね(笑)

その通りです。『コンディション』というのはポイント(点)で回答、つまり今時点のことを示しています。一方で『コンディショニング』はプロセス(過程)のことです。仮に今週末に試合があり、「今日のコンディションは2です」と答えたとしても、もしかしたら前日に筋トレをしたから『2』であって、試合に向けてはとても良い『コンディショニング』状態、つまり「コンディショニングは『5』」かもしれませんよね。
そういったプロセスとポイントを意識すること。ポイントを結びつけた先に目標があって、目標が設定されているということはそこまでの時間がある。限られた時間の中でどう状態を作り上げていくかが『コンディショニング』なんですよと、授業ではこんな話をしています。
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確かに、改めて考えてみるとポイントとプロセスって考え方ができますね。

基本的には体調のことですが、人によっては気持ちかもしれないし、天気かもしれない。色んなもの・ことがコンディションの要因にもなります。そして練習が一番コンディションを崩す行為だということが分かりますよね。練習すると疲れますから。逆に練習以外のところではコンディションを崩さないようにアプローチさせます。そうすることで超回復が起こってコンディションは上がります。つまり、コンディショニングにおいて重要なことは練習以外の時間をどう過ごすかなんですよ。
『Atleta』には練習以外の時間をどのように過ごしたかを記録させています。選手はどうしても練習に気持ちをシフトしがちですが、コンディショニングでは練習以外の時間こそが大切です。そこに気づけるかどうか、日頃の生活により練習の効果に変化が出てくれば、コンディショニングを意識した生活ができるようになってくると思います。
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指導者と選手の間に情報のギャップができていた時代

当時は、まだ剣道において『コンディショニング』という言葉が一般的ではなく、周囲への浸透など、苦労があったのではないでしょうか。

はい、当時剣道関係の講演した際に一部の方から「ケガの調査をするからケガ人が増えたんだ。」なんて言われましたね。
ケガ人は潜在的にいるはずで、調査することで隠れていたケガ人が出てきて、ケガ人が増えたように見えるんですよね。私自身剣道経験者だったので、まだ受け入れやすかった方でした。よそからの考え方が入ってくるのは嫌いますが、経験者だと割と受け入れやすく。
ただ、私の立ち位置は、剣道の稽古方法や指導される先生方には先人の経験値に裏付けられた科学性があって、スポーツ医科学支援はそれを形式知にすることでもあると考えています。
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専門的な科学的根拠と体感的な経験による根拠、それぞれのバランスを先生は取られていたのですね。

当時、ベテランの剣道の指導者に大学でスポーツ医科学の授業を受けた経験のある先生は少なかったんです。その一方で、大学でスポーツ医科学の授業を受けて知識を持っている選手がいて、指導者と選手の間に情報のギャップができていた時代でした。私はその間に入ってサポートしていた感じです。
そんな時にある有名な選手が私の講演の後に「先生の話を聞いて私のやってきたことは間違ってはなかったことに気づかせてもらえた。」と言ってもらえた時に『自分が伝えようとしたことが伝わったし、現場と上手く繋がれているな。』と実感できましたね。
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コンディショニングって実は『免疫』なんです

コンディショニングに関する研究内容について詳しく教えてください。

身体のことや心のことなど幅広く研究しています。コンディショニングの研究は、実は『免疫』なんです。生体変化の中で「免疫力が下がる・上がる」と言いますが、これがコンディションの指標になるという考え方です。医学的に免疫力をチェックしようとすると毎回選手の血液や唾液を採って数値を調べないといけないですが、現場では毎回計れません。現場で計測できる方法として、紙に5段階のコンデショニング記録をして変化を追っていました。データをグラフ化して、変化があれば選手に声かけをする。長いこと紙記録をしてきたので、アプリで管理ができる『Atleta』を見つけた時は便利だと思いました。
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『コンディショニングは免疫』という医科学的なお話について詳しく教えていただけますか。

オーバートレーニングってありますが、これは練習やりすぎで動けなくなるのではなくて免疫疾患なんです。例えばオーバートレーニングになると傷口が治りにくいとか筋肉痛が治らないとか。身体の傷は免疫機能によって修復されるのですが、その修復機能が働きにくくなるということです。つまり風邪などの感染症にも罹りやすくなります。このようにコンディションが悪いというのは免疫力の低下が起こっている状況なのです。見かけ上は元気であっても、免疫系のパラメータは落ちていることが確認できます。これがコンディション低下の始まりとなるのです。
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単純に身体が疲れているだけでなく、身体の中では免疫機能が低下しているのですね。

このアプローチがすごく大事で、例えば練習量がハードになり、起床時の体調が悪い日が続いていたとして、注意すべきは体調を上げることではなくて免疫を上げることなんです。だから、そんな状態で無理をして負荷をかけると筋肉痛が治りづらくなりますし、寒い時に外に出すと風邪をひいてしまいます。
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コンディションが悪い状態で無理をするのは免疫学的にも良くないということなのですね。

専門的には『Jカーブセオリー』と言って、運動しないと免疫力は下がって適度な運動だと免疫力が上がります。ところがハードな運動をすると逆に免疫力が下がるんです。散歩やジョギングといった適度な運動をやればみんな健康的になって病気しないというのはこれが理由です。でも、アスリートはその上をいくと思うので、だからこそコンディションに気をつけないと疲労が取れにくくなったり感染症にかかりやすくなったりケガが治りにくくなったりするんです。
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オーバートレーニング以外にもコンディション低下や免疫力低下に繋がることってありますか。

例えば寝不足や時差ボケも免疫力を下げます。既に研究でエビデンスが出ていて、唾液のIgAという数値から免疫力を測定する方法など確立されています。
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医科学の発展に伴って数値で判断しやすくなりましたが、『Atleta』で記録しているような選手自身の主観的な情報を記録し続ける意味はあるのでしょうか。

検査には機器やキッドが必要ですし、高価なので続けるのは現実的ではありません。また主観的な情報や簡単に取れるデータ、(心拍数、血圧、体重、便通、睡眠時間、体温など)があれば推定が可能です。だから毎日記録を取り続けることに価値があり、『Atleta』は大事です。
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30年前は専門家しかできなかったことが選手自身でできるようになった

IT化が進んでいない時代にどのように管理や研究をされていたのでしょうか。

今MS-DOSとか分かる方いらっしゃるかな。Windowsの前なんですけど(笑)そういった当時のプログラムを使って計算したり、Macintosh SEというPCをつかってグラフ作ったり。あと当時の学生は携帯電話も持っていませんでしたからね、手紙です。(笑)毎回『あなたのコンディションは○○です』って手紙を書いて手渡していましたから。そんなアナログでやっていたことを今だと『Atleta』一つで簡単にできますから非常に助かっています。
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お力になれているようで良かったです。

昔は研究者の専門的な分野だったかもしれないですが、選手自身がテクノロジーを使えるようになり、専門的だったものが一般化されて、スポーツ医科学を活用できるチャンスが増えています。あとは使い方や気づきの部分を教えてあげさえすれば、30年前は専門家しかできなかったことが選手自身でできるようになりますから。そういった教育はこれから必要だと思いますし、ツールを使わない手はないと思います。
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グラフを観察する際のポイントを教えてください。

グラフで見て、他のパラメータとの関係を見ることが大事です。あとはグラフを数日ずらして見たり。すると一方が下がってそのあとにもう一方が下がってくるみたいな、タイムラグが波の形で見えてきます。最初に身体がくたびれてきたらその後気持ちが落ちていって…とか、ずらすことで見えてくるものがあるんです。
最近ではもっと客観的なパラメータとの相関が見たくて、学生に毎朝握力を量り記録しました。握力とコンディションの関係を知りたくて。するとやはり相関が見えてきたんですよ。
ある箱根駅伝を走る選手は記録会がある朝の握力は怖くて量れなかったと言ってました(笑)あまりにも相関関係があり過ぎてコンディションが当たっちゃうから。
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記録会の日に握力を量るとメンタル的なコンディションに影響出ちゃうかもしれないですね。

そうですね。自覚的なことは、コンディションが良いと思いたいから嘘つくこともできますが、だからこそ客観的なデータが必要だと思います。うちの陸上部はスマートウォッチを使って脈拍などの客観的なデータを取っていますが、どう活用するか・自分のコンディショニングに活かせるようどう教育をしていくかが大事だと思います。
更に今は検索すれば何でも分かる、師匠がいらない時代なんて言われています。だからこそ今私がやるべきことは授業の中で気づきを起こさせて検索させること、そして情報の真実を見抜き、そこで得た知識を取り込ませること。その気づきのツールとして『Atleta』を使っています。実際に授業を受けた後の学生の感想の中にも「一番印象に残ったのは『Atleta』」って答えている学生がたくさんいましたから。私がたくさん喋るよりは実際にやってみたことの方が残っているわけです。
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『Atleta』を使って授業を進めると彼らは自分のコンディションを分かっていなかったことに気づく

授業では、『Atleta』のデータ分析のやり方をどのように教えていらっしゃるのですか。

一番簡単なのは自分のコンディションデータを眺めて特徴を見つけること。色んな項目で相関分析してみることです。睡眠時間と体調は特に相関が分かりやすいです。
授業を通して、質問しに来たり・アドバイスをもらいに来る学生は、上でも活躍できますね。先日フェンシングの日本代表候補の学生が「大学の授業が競技に活かせます!」とある雑誌で語ってくれていてとても嬉しかったです。
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『Atleta』を使うことで学生たちの行動に変化があったそうですが、具体的にどのような変化があったのでしょうか。

コンディションは崩さないアプローチなんですね。上げることは現実的ではない。コンディションは崩さなければ上がってくるんです。崩れる要因が免疫力低下やケガなので、「風邪をひいたり、ケガをしたりしないようにすることがコンディショニングなんだよ」って話をするわけですが、そうすると学生の身なりが変わるんですね。サンダルをだらしなく履いていた学生が靴を履くようになったり、ちゃんと手洗いうがいするなど。
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コンディションは上げるのではなく崩さないアプローチ、伝わりやすい説明でした。

コンディショニングというのは一番上に『ピーキング』の作業があり、その下が普段の『練習』があり、その下に『土台』になるものがあるのですが、土台=『健康』です。でもこれは、現場の先生は意外と分からないんです。「この選手風邪ひきやすいな」とかまでは気づきますが、問題にはなりません。選手がみんな健康で、トレーナーが活躍しない現場が一番良い現場で、つまりコンディショニングができているチームではトレーナーが活躍しなくなってくるんです。コンディショニングに関する変化とはまさにこのことで、欠席者が減る・毎日練習ができるとか、そういったところに繋がります。最終的には現場が安定することが一番良い状態なのですが、ここがコンディショニングトレーナーの成果として中々気づかれないんです。
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最後はコンディション勝負です

記録し続ける価値をどのようなアプローチで伝えていけば良いと思いますか。

例えばあれだけ練習しても…100m走った結果が10cmくらいの差しか出ない世界じゃないですか。箱根駅伝でも1秒の差で勝負が決まります。ということは、実力が拮抗しているのであれば最後はコンディション勝負なんです。そこを認識してもらうことが必要です。大したレベルじゃない選手はそこに気づかないんです、そこまで行ってないから。
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どんな競技でも勝敗を決めるのは僅かな差ですよね。

以前、長澤和輝選手(元日本代表、名古屋グランパス所属)が授業を受けていたのですが、「これすごく良いと思うので、コンディション記録表のデータください。」って言いに来たんですよ。彼みたいに授業で教えたコンディションデータに興味を持つ生徒がいて、他にもクロスカントリーの日本代表の馬場直人選手とか、野球部の学生が「すごく良いから『Atleta』を野球部に紹介してほしい」って声が上がりました。彼らは『最後はコンディション勝負』だと分かっている学生だと思っています。そういったことにまず気づかせることが大切だと思います。
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本日はお話頂きありがとうございました。勉強になることはもちろん、『Atleta』の価値をコンディション研究をされている教授にお話頂き、大変貴重なお時間となりました。

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専修大学 文学部ジャーナリズム学科
齋藤 実(さいとう まこと)氏

<チームの情報>2022年11月現在
Atleta導入時期:2021年5月

<齋藤実 氏プロフィール>
静岡県立榛原高校から筑波大学に進み、筑波大学大学院修士課程修了。
茨城県立医療大学理学療法学科助手、大妻女子大学人間生活科学研究所助手、国立スポーツ科学センタースポーツ情報研究部研究員を経て、専修大学経営学部講師に着任。剣道七段。

・日本トレーニング指導者協会上級トレーニング指導者(JATI-AATI)
・日本オリンピック委員会強化スタッフ
・全日本剣道連盟医・科学委員会委員
・川崎市スポーツ推進審議会会長 など。

著書として
「強くなるための剣道コンディショニング&トレーニング」
「仕事で忙しい人のための剣道トレーニング」(体育とスポーツ出版社)
「スポーツ損傷予防と競技復帰のためのコンディショニング技術ガイド」(臨床スポーツ医学)
「ナショナルチームドクター・トレーナーが書いた種目別スポーツ障害の診療」(南江堂)
「スポーツ指導者のためのスポーツ医学」(南江堂)、他など。